nikkansports.com 2018年9月30日
日本ハム石井裕也が引退会見
「かけがえのない時間」
日本ハム対西武 札幌市内の球団事務所で引退会見をする日本ハム石井裕(撮影・佐藤翔太)
日本ハム石井裕也投手(37)が30日、札幌市内の球団事務所で引退会見を開いた。
「私は、今シーズンをもちまして引退することにしました。14年間、野球をやってきて
本当に幸せでした。僕にとって、かけがえのない時間でした。本当に、ありがとうございました」
と、あいさつした。 今季は、ここまで1軍登板がなく、
22日に今季限りでの現役引退を発表していた。
「1軍に上がることができなかったことも、(現役生活は)そろそろかなと思いました」
と引退の決断に至った理由の1つとして挙げた。
先天性の難聴を抱えながら、主に中継ぎとして通算329試合に登板して19勝19敗6セーブ、
防御率3・06の成績を残した。
会見には、かつて交流を図った帯広聾学校に通う生徒からも
花束と記念品を贈られ、一緒に記念撮影し、笑顔を見せていた。
スポニチ Sponichi Annex 2018年9月30日
思い出には2つ…日本ハム 石井
引退会見「本当に幸せな野球人生」
引退会見を行った石井(撮影・高橋茂夫) Photo By スポニチ
今季限りで現役を引退する日本ハムの石井裕也投手(37)が30日、
札幌市内の球団事務所で記者会見を行った。
先天性難聴を抱えながらも、三菱重工横浜クラブから04年ドラフト6巡目で中日に入団。
その後、横浜(現DeNA)、日本ハムと3チームで計14年間プレーした
「サイレントK」は「14年間、野球をやれて本当に幸せな野球人生でした。
僕にとってはかけがえのない時間で、14年間本当にありがとうございました」
と感謝の言葉を口にした。
思い出には2つを挙げた。1つは中日時代の05年にプロ初登板の初球を広島・前田智徳に
本塁打されたものの、日本ハムに移籍した後の対戦で三振に仕留めたこと。
2つ目は12年の巨人との日本シリーズ第6戦で、巨人・阿部に決勝打を許して
敗戦投手となったこと。
この試合を報じる新聞とこの試合で投げている写真は「悔しさを忘れずにいこうと思った」
としばらくは自室に飾ってあったという。これらの2つを思い出として挙げた左腕は
「忘れられない試合」と感慨深げに振り返った。
「調子の波もあって1軍に上がれなかったので、そろそろ(引退)だと思った。
自分で決めたことなので悔いはない」ときっぱり。
今後については「まだ決めていないけど、野球に関わりたい」と話した。
スポーツ報知 2018年9月30日
【日本ハム】石井裕が引退会見
「1球でホームラン打たれたことが思い出」
引退会見を開いた石井裕(中)は交流のある聾学校の子供たちから花束を受け取り
笑顔を見せた (カメラ・関口 俊明)
今季限りで現役を引退する石井裕也投手(37)が30日の西武戦(札幌D)
前に引退会見を行った。札幌市内の球団事務所でスーツ姿で会見。
「本当に幸せなプロ野球生活でした。ファイターズに移籍して僕にとって
かけがえのない時間でした。14年間本当にありがとうございました」と頭を下げた。
先天性難聴というハンデがありながら、気迫あふれる投球スタイルで「サイレントK」と
呼ばれた左腕。帯広ろう学校の生徒から花束を受け取ると優しくほほ笑んだ。
2つの苦い思い出が頭に残る。プロ初登板となった中日時代の2005年4月13日の広島戦。
初球を前田に右越え本塁打を運ばれたことを振り返り、
「1球でホームラン打たれたことが思い出に残っています」と苦笑い。
もう1つは、12年の巨人との日本シリーズ第6戦。4番手として登板した同点の7回に
阿部に決勝の中前適時打を許し、敗戦投手になったことを挙げ、
「悔しさを忘れずに行こうと思った」。
忘れられない悔しさが、プロの世界で戦う原動力となったことも明かした。
引退後の第2の人生については未定。
「まだ決めてないけど、野球に関わりたい気持ちがある」と話した。
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