【中編】 朝ドラ主人公の「難聴」予防接種をすすめる理由

中村好見 / 毎日新聞  医療プレミア編集部  2018年7月6日


おたふくかぜと難聴【中編】

NHK連続テレビ小説「半分、青い。」のポスター=NHK提供


 NHK連続テレビ小説「半分、青い。」のヒロイン楡野鈴愛(にれの・すずめ)

が左耳を失聴した「ムンプス難聴」。最近、おたふくかぜにかかった人の

数百人~1000人に1人が発症する「まれ」な病気ではないことや

大人の発症も珍しくないことがわかってきました。


 唯一の予防法はワクチン接種ですが、日本では原則、全額自己負担の

任意接種のままで、接種率も3~4割にとどまっています。


 一部または全額を助成する自治体も増えていますが

断続的な流行を抑えるとされる接種率8~9割にはほど遠いです。

なぜこのような事態になっているのでしょうか。


「世界からみて異常」な日本の状況  

 国立感染症研究所によると、2015年時点でワクチン定期接種をしている国は

発展途上国も含めて世界121カ国に上る。ワクチンの普及に伴い

世界的にはおたふくかぜの発生件数は激減。


 流行を繰り返しているのはエジプト、リビア以外のアフリカ諸国と

日本を含む東アジア地域の一部の国に限られてきつつあるという(※1)。


  ムンプス難聴の頻度について調査した小児科医グループのリーダーで

橋本こどもクリニック(大阪府茨木市)院長の橋本裕美医師は

「先進国にもかかわらず4~5年ごとに流行を繰り返し

治療法のないムンプス難聴患者が出続けている日本の状況は

世界からみると異常だと言われます。

東京五輪を前に、このままでよいのでしょうか」と話す。


副反応が問題になって任意接種に「格下げ」された過去

      ムンプスウイルス=国立感染症研究所提供


 なぜ、このような状況になったのか。前回、おたふくかぜにかかると

耳の下の腫れや発熱など特徴的な症状の他に、ムンプス難聴をはじめとする

さまざまな合併症があることを説明した。


 おたふくかぜワクチンは、おたふくかぜの原因となるムンプスウイルスの

毒性を弱めた生ワクチンだ。そのため接種後に、自然感染した場合よりも

ずっと低い確率だが、合併症として知られる嘔吐(おうと)、発熱、頭痛などの

症状が出る無菌性髄膜炎が、副反応として出ることがある。

この副反応が過去に問題となった。


  おたふくかぜワクチンは1989年に一度、風疹、はしか(麻疹)と

あわせた三種混合(MMR)ワクチンとして定期接種化された。


 しかし、副反応として無菌性髄膜炎が予測よりも高い割合で発現したため

93年に中止され、おたふくかぜワクチンだけ単独の任意接種に戻った。


 この間に、約183万人あまりがMMR接種を受け、接種後に1754人が無菌性髄膜炎になり

その割合はおよそ1044人に1人(検査でワクチンによるものと分かったのは

627人で2920人に1人)だった。


  後の裁判では、ワクチンメーカーの「阪大微生物病研究会(阪大微研)」が

国から承認を受けたワクチンの製造方法を無断で変更したことの

過失責任が認められ、国の監督義務違反も認定された。


近年の副反応報告数は減っている

耳の検査をしてもらう鈴愛=NHK提供


 では現在、任意接種が続くおたふくかぜワクチンの安全性はどうなのか。

阪大微研はその後、おたふくかぜワクチンを製造、販売していない。


 現在国内で承認、接種されているワクチンは、北里第一三共ワクチンと

武田薬品工業が製造販売する2種だ。ワクチン添付文書によると

無菌性髄膜炎の発症率は1600~2300人に1人と、決して低くない割合だ。 


 ただ、2013年4月~17年8月にワクチンを接種したと推定される506万人のうち

メーカーと医療機関に報告された無菌性髄膜炎を含む神経系障害は180人で

その割合は約2万8000人に1人と、近年はかなり低いことが明らかになっている(※2)。


 これは、副反応が出にくいとされる低年齢のうちのワクチン接種が

推奨されるようになったことが一因と推測される。


 また、無菌性髄膜炎が自然感染による場合も、ワクチンの副反応の場合も

通常回復して後遺症が残ることはないという。


自然感染と副反応の危険性を比較する  

 国立感染症研究所の多屋馨(けい)子・感染症疫学センター室長は

「接種を迷った場合には、自然感染した場合の危険性と

副反応の危険性を比較して判断してほしい」と話す。


  おたふくかぜに自然感染した場合、合併症として

無菌性髄膜炎を発症するのは10~100人に1人。


 そして治療法のないムンプス難聴(数百人~1000人に1人)だけでなく

すい炎(4%)や、思春期以降に初めてかかると

精巣炎(20~40%)や卵巣炎(5%)も高い(※3)。


 「おたふくかぜは、一般に大人がかかると子どもよりも症状が

重くなることが知られています。精巣炎や卵巣炎は不妊症の原因になることはまれですが

精巣炎は精子数が減少し、精巣(睾丸=こうがん)が腫れて

入院して痛みをコントロールしなければならないこともあります」  


 このことに対して「子どものうちにかかった方が軽くすむ」

「自然感染した方が『本物の』抗体が得られる」と主張する人たちもいる。

しかし、有効な治療法のない難聴の発症率の高さを知ってなお

このような主張に同調する人は少ないのではないか。 


 日本小児科学会や日本耳鼻咽喉(いんこう)科学会などでつくる

予防接種推進専門協議会は5月、「ワクチン接種のメリットはデメリットを上回る」

として、国におたふくかぜワクチンの定期接種化を求める要望書を出した。

国立感染症研究所=東京都新宿区で


現在受けられるおたふくかぜの任意接種について知る  

 日本小児科学会は1歳になったら1回、また確実に免疫をつけるため

就学前(5~6歳)に2回目を接種することを推奨している。

費用は医療機関によっても異なるが、1回6000円前後だ。


  大人はどうしたらよいだろう。おたふくかぜは一度感染すると

多くの場合は抗体ができて再感染はまれとされるが

「自分が過去に本当に感染したかどうかわからない」という人も多いだろう。


 前回、日本耳鼻咽喉科学会の調査で、大人のムンプス難聴の

発症も珍しくないことを伝えた。また、妊娠している女性は流産の確率が高まると言われる。


  多屋室長は「まずは、子どもへの接種率をもっと上げる必要があります。

保護者は、ワクチンのメリットとデメリットについて正しく理解した上で決めてほしい。

そして大人も、保育園や幼稚園、小学校に子どもが通っている人や

妊娠を希望している人はもちろん、気になる人は誰でも

積極的に接種を検討してほしい」とすすめる。

        NHK連続テレビ小説「半分、青い。」のポスター=NHK提供



<次回は、実際に子どものころおたふくかぜにかかり、

ムンプス難聴を発症した当事者へのインタビューを掲載します。>



【前編】「半分、青い。」のムンプス難聴はワクチンで防げる病気



【後編】「半分、青い。」ムンプス難聴の医師が伝えたいこと



【参考文献】

(※1)国立感染症研究所 IASR おたふくかぜワクチンについて 

(※2)第31回厚生科学審議会予防接種・ワクチン分科会副反応検討部会 資料 

(※3)厚生労働省 おたふくかぜワクチンに関するファクトシート 平成22年7月7日版  

(※4)国立感染症研究所 IASR<特集>流行性耳下腺炎(おたふくかぜ)2016年 9月現在



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