【前編】 「半分、青い。」のムンプス難聴はワクチンで防げる病気

中村好見 / 毎日新聞  医療プレミア編集部  2018年7月4日


おたふくかぜと難聴【前編】

NHK連続テレビ小説「半分、青い。」。
左耳を失聴したため、永野芽郁さん演じる楡野鈴愛は付け耳で音を聞こうとする=NHK提供


 おたふくかぜにかかり、片方の耳が聞こえなくなる--。

NHK連続テレビ小説「半分、青い。」のヒロイン楡野鈴愛(にれの・すずめ)が

発症した「ムンプス難聴」は、おたふくかぜにかかった人の数百人~1000人に1人が

発症すると言われる病気です。


 実は子どもだけではなく、大人の発症も珍しくありません。

有効な治療法はなく、おたふくかぜのワクチン接種が唯一の予防法ですが

接種率は3~4割程度にとどまっています。


 専門家は「今はワクチンで防げることをぜひ知ってほしい」と訴えています。

最近の調査で明らかになったムンプス難聴の実態と予防について

3回に分けてお伝えします。


 ヒロイン楡野鈴愛は小学3年の時、おたふくかぜが原因で、左耳の聴力を完全に失った。

ドラマの中で、医師が検査結果を鈴愛の両親に告げるシーンは印象的だ。  


 両親は「いや、娘がおたふくかぜなんて……」と戸惑う。おたふくかぜの

典型的な症状が見られなかったからだ。そして、もう治らないことを知ると

「何でこんなことになったんですか」と、言いようのない怒りと悲しみをぶつけた。  


 この場面の設定は1980年。現代はワクチン接種で防げることがわかっているが

当時の日本ではまだおたふくかぜワクチンは導入されていなかった。

もしも現代ならこの場面、両親は「ワクチンを打っていたら」と

責任を感じてさらに苦しんだかもしれない。


おたふくかぜで数百人から1000人に1人が難聴に

 おたふくかぜとは、ムンプスウイルスによる感染症「流行性耳下腺炎」のこと。

感染者のせきやくしゃみなどの飛沫(ひまつ)を吸い込んだり

飛沫が付いた手で口や鼻を触ったりすることで感染する。

潜伏期間は2~3週間、耳の下からあごにかけての腫れや数日間の発熱が特徴だ。

       ムンプスウイルス=国立感染症研究所提供


 通常は1~2週間で治るが、怖いのは合併症が少なくないことだ。

難聴や無菌性髄膜炎、脳炎や脳症などの他に、思春期以降に感染すると

精巣炎や卵巣炎になる確率も高い。また妊娠初期におたふくかぜにかかると

流産するリスクが高まることが報告されている。  


 おたふくかぜによる難聴は「ムンプス難聴」と呼ばれている。

以前は1万5000~2万人に1人が発症する「まれな合併症」と考えられていたが

近年はもっと発症頻度が高いことが指摘されるようになった(※1)。


 2004~06年には小児科医グループによる初めての前向き調査も実施され

「1000人に1人」という割合が報告された(※2)。


 数百人に1人という報告も相次いでいる。

とても「まれ」とは言えないだろう。


  そして、ドラマで描かれたように、おたふくかぜは感染しても

特徴的な症状が表れないことがある。

この「不顕性感染」は感染者の3割ほどいるとされる。


 幼い子どもがムンプス難聴になると、自覚がない

違和感があっても親にうまく伝えられないという理由から

周囲の大人が気づかず、診断まで時間がかかることは多い。

特に不顕性感染で難聴になった場合、原因不明とされることもある。

耳の検査をしてもらう鈴愛=NHK提供


 調査を実施した小児科医グループのリーダーで、橋本こどもクリニック(大阪府茨木市)

院長の橋本裕美医師は「調査当時、小児科医の多くがまれな合併症と信じていて

患者さんに伝えていた医師は少なかった」と話す。 


 「結果を公表した後、私のもとには『なぜこんなに知られていないのか』

『適切に診断されず、数年たってからムンプス難聴だとわかった』

『ワクチンで防げることを知っていたら、絶対に接種したのに』

という保護者からの切実なメールが届きました」


両耳とも難聴になることも  

 難聴は片耳のことが多いが、両耳の聴力が失われるケースもある。

両耳が難聴になった場合は言葉の習得が難しくなるなど

子どもの人生に与える影響が大きい。


 また、片耳の場合も「片方で聞こえるなら特に問題はない」というわけではない。


  ドラマでは「音の遠近感覚方向がわからなくなるので

どこから呼ばれているのかわからない」

「騒がしい場所では聞こえづらい」「車や人が近づいてくる気配を感じにくくなる」

「自転車や階段などでバランスがとりにくくなる」「めまいや耳鳴りが続くことがある」

--といったシーンが具体的に描かれた(※3)。

幼なじみの律と地元商店街を歩く鈴愛=NHK提供


大人の発症も珍しくない  

 おたふくかぜは4~5年ごとに流行を繰り返している。2016年には

小児科を持つ全国約3000の医療機関(定点)から報告された患者数が約16万人に上った。


 全体の患者数は調査されていないが、参考に同様に流行した2005年に

小児科定点に報告された患者数は約19万人で、成人も含めた

その年全体の患者数は130万人を超えると推測されている。


  ムンプス難聴の実態を明らかにしようと、日本耳鼻咽喉(いんこう)科学会は

おたふくかぜが流行した2015~16年を対象に初めて全国調査に乗り出した。

調査の結果、耳鼻咽喉科がある医療機関約5600のうち、回答を得た約3500の施設で

少なくとも359人がムンプス難聴と診断されていたことがわかった。


 すべての施設から回答を得たわけではなく、また小児科が含まれていないため

実数はもっと多いと推測されるが、注目したいのはその症状や年齢分布だ。


 まず、最終的に両耳とも難聴になった人が15人いて、うち7人が

人工内耳の埋め込み手術をしていた。


 年齢別にみると、5~10歳が162人と半数近くを占めたが、子育て世代の30代も61人いた。

家庭内感染による大人の発症が珍しくないことを裏付けた。


  調査を担当した国立成育医療研究センター(東京都世田谷区)の

守本倫子・診療部長は「両耳とも難聴になる人や、大人も発症することは

以前から耳鼻咽喉科医の間では知られていましたが、調査結果は

『こんなにたくさんいたんだ』という驚きをもって受け止められました」と話す。


  「NHK朝ドラの反響は大きく、おたふくかぜワクチンについての

問い合わせが増えていると聞きました。


 ムンプス難聴について知ると共に、今はワクチンで

予防できるということも知ってほしい」

        NHK連続テレビ小説「半分、青い。」のポスター=NHK提供



【参考文献】

(※1)国立感染症研究所 IASR<特集>流行性耳下腺炎(おたふくかぜ)2016年 9月現在 

(※2)近畿外来小児科学研究グループKAPSG ムンプス難聴の発生頻度調査  

(※3)連続テレビ小説「半分、青い。」 コラム ムンプス難聴と一側性難聴

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