「よーい、スタート」の音を光へ ろう者スポーツの課題に挑む

Yahoo!ニュース 特集  11/1



陸上のトラック競技でレースのスタートを告げる「音」――、それが聴覚障がいのある人には届かない。そのため、健聴者と一緒の大会への出場を渋ったり、スポーツそのものに苦手意識を持ったりする人が少なくないという。その現状を目の当たりにして、「だったら」と考えた人たちがいた。スタートの音を光に変える「スタートランプ」を日本で作ろう――。今なお課題が多い障がい者スポーツの環境整備。それを少しでも前進させるための地道な活動の様子を、陸上競技の現場で追い掛けた。(文・写真=吉田直人/Yahoo!ニュース 特集編集部)




「スタートランプ」を使ってみよう

 ひときわ暑かったこの8月。 お盆明けの18日、東京都江東区豊洲の屋内ランニング施設で

「デフキッズ陸上教室」という催しが開かれた。

集まったのは小学校2〜6年生の5人。


 “聴こえ”の程度は異なるが、全員、聴覚に障がいがある。

「デフ(Deaf)」は「ろう者」という意味だ。


  会場には、にこやかに手話で話す岡部祐介さん(30)の姿があった。

「両側感音性難聴」という聴覚障がい当事者で、「補聴器を外すと、

飛行機の音がやっと聴こえるくらい」と言う。

岡部さんはろう者界のトップアスリートでもある。

手話を使い、子どもたちをコーチングする岡部祐介さん


 都内の企業で働きながら、岡部さんは2013年と17年、

陸上短距離の日本代表として「デフリンピック」に出場した。


 デフリンピックとは、4年に1度、国際ろう者スポーツ委員会(ICSD)が

主催する“ろう者のオリンピック”だ。


 主に身体障がい者が出場するパラリンピックより歴史は長く、

夏季大会の初開催は1924年にまでさかのぼる。  


 この日、岡部さんは講師を務めていた。まず、体の可動域を広げる

ストレッチやドリル・トレーニング。

186センチという長身の岡部さんを見上げながら、子どもたちは

体の動きを一つ一つ確かめるようにメニューをこなしていく。

ランニングは全てのスポーツの基礎。「これからもスポーツを楽しめるように、
走りの基本を教えました」と岡部さん


イベント当日のメニューボード。猛暑のなか、休憩を挟んで行われた


 岡部さんはその後、トラックに設置された四角い機器の近くに子どもたちを集めた。

白い箱の内部にLEDの光源が見える。


 濃紺のポロシャツを着た男性がそれを手に取り、手話で説明を始めた。

竹見昌久さん(43)。都立中央ろう学校の体育教師だ。


 「先生はろう学校で陸上を教えています。先生が『スタートランプ』を作ろうと思った理由は、

聴こえない人が、かけっこのスタートに出遅れないようにするためです。作り始めて8年目。

今では世界大会でも使われているんですよ。今日はこれを使って、スタートの練習を

してみましょう」 

 そう言うと、竹見さんはLEDを「赤、黄、白」の順に点灯させた。


「スタートランプ」の説明をする竹見昌久さん


環境改善の“光明”に

「光刺激スタートシステム(=スタートランプ)」は、陸上トラック競技用の機器だ。

聴覚障がい者のために、出発音を光に変換する。


 デフリンピックなど聴覚障がいのある人だけが出場する競技会では、

選手は補聴器などの器具を着けない「裸耳」を義務付けられている。  


 そうした事情を背景にスタート音を可視化する「スタートランプ」は生まれた。

ただ、2011年までこの機器には日本製がなく、使用機会は国際大会に

出場するトップアスリートらに限られていた。


海外製品は設備が大がかりで使い勝手が悪く、レンタル料金も高い。

そこで竹見さんらが国内開発に着手し、この春、国際規格に準拠する形で完成させた。

スタートランプ。基本は9レーンで1セット。右の青色は手動スイッチで、右端はサウンドセンサー。端子の形状や電圧の異なる海外でも使用できる


続きは




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