自宅の作業机に向かう松谷琢也さん
=2018年6月2日、奈良県河合町の松谷さん宅、照井琢見撮影
耳が聞こえない自身の体験を織り交ぜた「聾(デフ)」は2016年までに4巻が出版された。
その最新巻が6月、発売された。5巻ではろう者夫婦の新婚旅行とその後が描かれる。
漫画は、主人公の赤井竜一が東京のろう学校デザイン科に進学するため
地元の奈良県を離れる場面から始まる。
竜一は、筑波大学付属聾(ろう)学校高等部専攻科デザイン科(当時)に
通った松谷さん自身がモデルだ。
竜一の恋人でろう者のようこは、大阪の工場に就職する。
物語は2人の遠距離恋愛と、学校や職場での生活を中心に進んでいく。
竜一が進学を機に住むアパートは、住人全員がろう者。
インターホンを押すと部屋の回転灯が光る。
壁をたたいて友人を呼ぶ様子を描いた場面=「聾」1巻から、松谷琢也さん提供
同じ部屋にいても、後ろを向いている相手は、足で床をたたいて振動で呼ぶ。
机や床をたたいて相手を呼ぶ場面=「聾」1巻から、松谷琢也さん提供
竜一がろう学校の友人たちに笑われる場面がある。
掃除機のコードが抜けたことに気づかないまま、掃除していたからだ。
以来、竜一は時々掃除機を足で触り、動いているか確かめるようになる。
掃除機が動いているか触って確かめる場面=「聾」1巻、松谷琢也さん提供
松谷さんは「ろう者のありのままを知ってほしいと思って描きました」と話す。
「アメリカ人にはアメリカ人の文化があるように、ろう者にはろう者の文化があるんです」
松谷さんは生まれつきのろう者で、耳が聞こえる「聴者」の両親のもとに生まれた。
小中学校は、難聴学級がある奈良市内の公立校に通った。
手話は使ったことがなく、筆談と口話、身ぶり手ぶりで友人や家族と意思疎通していた。
幼い頃に熱中したのは漫画。「当時のテレビ番組は字幕がなく
全く面白くありませんでした」と松谷さん。
「ガヤガヤ」「シーン」といった擬声語、擬態語も漫画で覚えた。
「シーンという音はないって、後から知りました」
小学生のころ、手塚治虫や藤子不二雄をまねて漫画を描き始めた。
クラスで回し読みされ、友達ができた。
「漫画が居場所を作ってくれました」
中学卒業後、奈良県立ろう学校に入学すると、生徒たちが
手話で楽しそうに話す姿に衝撃を受けた。
手話は上級生を見ながら覚えたそうだ。
松谷さんが自らの半生を下地に漫画を描こうと思ったきっかけは
ろう学校の野球部がテーマの漫画「遥かなる甲子園」を読んだこと。
ろう者にしか描けない世界があると感じた。
自身の作品で力を入れたのは「聴者とろう者の溝」。
ろう学校のデザイン科の生徒たちが、作品展示会の来場者に
「聞こえないのにえらいね」と言われて、怒る場面を描いた。
「私にとっては、絵を描くことも車を運転することも、当たり前なんです」
聴者の「えらいね」という言葉に怒るろう学校デザイン科の生徒たち
=「聾」2巻から、松谷琢也さん提供
最新巻の5巻は、竜一とようこの新婚生活が描かれる。
ろう者の妻とともに、中学2年生の息子を育てる松谷さん。
6巻以降では自身の経験をもとに、ろう者夫婦の子育てを描くつもりだ。
「聾」はインターネットで連載中で、最新話は「無料WEBコミック雑誌てんてる」
(http://tenteru.jp/別ウインドウで開きます)で読める。
5巻は176ページ、税別1429円。
問い合わせは、出版処てんてるのメール(info@tenteru.jp)へ。
0コメント