第4回 聴力温存可能な人工内耳手術の時代へ

m3.com
2019年5月14日


第4回 聴力温存可能な人工内耳手術の時代へ 

執筆:岩崎聡(国際医療福祉大学)
監修:岡野光博(国際医療福祉大学)


今回扱う論文

Hearing preservation in cochlear implant surgery: a meta-analysis

Otology & Neurotology 2018; 40: 145-153


はじめに

 難聴といえば、突然聞こえなくなる突発性難聴や、加齢とともに聞こえが悪くなる加齢性難聴が有名です。突発性難聴は基本的に片耳の難聴ですが、加齢性難聴のように両耳の難聴になると補聴器の適応となります。


 2017年7月の国際アルツハイマー病会議で、ランセット委員会が「認知症の約35%は、潜在的に予防可能な難聴、高血圧、肥満、糖尿病などの9つの危険因子に起因する」と発表し、さらに認知症を予防できる要因のうち難聴が最も大きな危険因子だということを指摘しました。それ以降、難聴に対する早期からの補聴器装用の重要性が高まっています。


 加齢性難聴は年齢以外に特別な原因がないものを指しますが、中には難聴遺伝子変異が原因で加齢性難聴よりも早く発症し、聴力低下の進行も速い難聴があります。若年発症型両側感音難聴とも呼ばれる疾患で、40歳より前から難聴が生じます。加齢性難聴よりも高音域の聞こえの悪化が早く、そのうち全体の聞こえが悪化してきます。このような場合には補聴器を使用しても効果を得にくいことがあります。


 そのような難聴に対して、人工内耳が有効であることが分かってきました。中でも残存聴力活用型人工内耳(EAS)は、低音部を補聴器のような音響刺激で、高音域を人工内耳で聞き取る装置です。人工内耳は蝸牛に電極を埋め込む手術が必要です。以前は人工内耳手術による内耳(蝸牛)へのダメージで、聞こえが聾になるのが一般的でしたが、機器の改良と手術方法の進歩により術前の聴力を温存できるようになってきました。今回扱う論文は、聴力温存率が高い人工内耳手術方法に関する論文をメタ解析したもので、大変参考になると考えます。


論文の概要・解説

 2018年1月までに発表された論文2463編から症例報告や総説、動物実験などを除外した340編のうち、必要なデータが記載されていた26編(936例)を対象に解析しました。以下の項目別に聴力温存率を比較検討しています(表1)。


表1.

 その結果、術式では正円窓アプローチの方が聴力温存率が高く、術後6カ月では統計学的に有意差が認められました(図1)。挿入電極の形状による比較では、ストレート電極の方が術後1カ月および6カ月時の聴力温存率が高く、1カ月時では統計学的有意差が認められました。電極の挿入深度と電極挿入速度では、電極の深さと挿入速度で有意な差は認められませんでした。ステロイド投与群は非投与群に比べて聴力温存率が高かったのですが、全身投与と局所投与による差は見られませんでした。


図1.

 この結果から、聴力温存には、正円窓アプローチでストレート電極を挿入する方法が最も有効だということになります。しかし著者らは、各術者が自分の方法が最善だと考え実施していることを考慮し、前向き研究デザインで評価する必要があると結論を示しています。


私の視点

機器の進歩で高度な技術が必要に

 日本耳鼻咽喉科学会では、残存聴力活用型人工内耳(EAS)は低音部が正常~60dB、一般的人工内耳は平均聴力70dB以上90dB未満で補聴器装用下の言葉の聞き取りが50%以下の場合を適応基準と定めています。「ある程度聞こえているが、人工内耳によってさらによく聞こえるようになる」という時代となり、人工内耳手術を施行する場合でも聴力を温存する必要性が高まっています。機器の進歩によって人工内耳の術式も変化し、さらに高度な技術が必要になってくると思われます。


 以前は蝸牛の岬角の骨を削開して電極を挿入していましたが、現在は正円窓膜を切開し、電極を挿入する方法に変わりました。挿入する電極も細くてしなやかになり、小切開した膜に挿入するには高度な技術が要求されます。この論文のメタ解析で電極の挿入深度に差がなかったことは、私自身も臨床で実感しています。しかし、挿入速度はやはりゆっくりの方が温存率が高い印象があり、挿入角度も重要なようです。今後、電極自体にステロイドをコーティングしたり、薬物投与機能を持たせたりする技術の発展が期待されます。


「難聴には人工聴覚器」の時代が到来する

 海外では、人工内耳は両側難聴だけでなく、突発性難聴のような片側高度難聴にも実施され、耳鳴抑制効果や方向感の改善、雑音下の聞き取り改善に効果があることが示されています。本邦の臨床研究でもほぼ同じ結果が示されています。また、中等度難聴に対しては人工中耳が実施され、その有効性が報告されています。


 これまでは難聴と言えば補聴器でしたが、今後は、認知症予防のため加齢性難聴初期の段階で補聴器を使用し、その後ある程度難聴が進んだ時点で人工内耳や人工中耳などの人工聴覚器によって聴力を改善させる時代になるかもしれません。

(了)





0コメント

  • 1000 / 1000