wezzy(ウェジー)
2019.04.28
「Getty Images」より
4月1日の新元号発表では、掲げられた『令和』に手話通訳士のワイプが重なる”手話かぶり”が話題を呼んだ。「感動した」「時代が変わった」などおおむね好意的な声が多かった一方で、「邪魔」「文字が見えなかった」との非難もネット上ではちらほら見られた。
政府が記者会見で手話通訳を導入したのは、2011年3月、東日本大震災以降である。駅では行先を知らせる電光掲示板が増え、商業施設の入り口やエレベーターには案内板の掲示が当たり前になるなど、聴覚障がい者向けバリアフリーの整備は着実に進んできた感がある。それでも、電車の緊急停止や災害などの非常事態になるといまの設備では機能しない、との指摘もある。
耳が聞こえない、音が聞き取りにくい状況ではどんなリスクが生まれるか。健聴者はどれくらいその世界を想像できているだろうか?
たとえば、作業の音がけたたましい工事現場の脇を歩くとする。その時、上から物が落ちてきて、「危ない!」と声をかけられても、気づかずそのまま通る危険性が高い。また、災害時にマスコミのヘリが上空を飛び交い、その騒音でかけ声がかき消されれば、避難の妨げになるだろう。つまり、音が聞こえない、聞き取りにくい状況では、危険を回避する行動が大変難しくなってしまうのだ。
耳が不自由な人たちは、電車の遅れ・緊急停止が起こるたびに、そのような不安定な状況に立たされる。鉄道会社や公共施設の関係者に限らず、一般の健聴者にもそのことを踏まえた配慮が求められるだろう。
耳が不自由な人たちがもっとも苦労する「駅の利用」
障害者手帳を所持する聴覚障がい者の数は、約24万2200人(平成23年度厚生労働省『生活のしづらさに関する調査』)。手帳の交付を受けていない聴覚障がい者も含めると、その数は少なくとも1000万人以上といわれる。日本人の約8%が耳に何らかの障害を抱えていることになる。
昨今では、「聴覚情報処理障害」(APD)も認知されるようになった。聴力には問題ないが音の認識力が不足する症状で、脳の部分的な障害が原因といわれる。周りに人が多い状況や雑音が入り混じる時の聞き取りに困難が伴うことから、災害時の避難や電車の遅延で混雑する状況ではとくに周囲のサポートが欠かせない。
聴覚障がい者が最も不便を感じるのが、公共交通機関を利用する時といわれる。彼らにとって情報のよりどころとなる電光掲示板の設置は、大きな駅では進んでいるが地方へ行くとまだ足りない現状がある。文字情報を伝える電光掲示板や電子モニターは車内設置も進んでいるが、電車の遅れや緊急停止を知らせる情報までは表示されない。駅員によるアナウンス放送が流れても、聴覚障がい者には何が起きているのか分からない状況だ。電車の遅延理由、待たされる時間、振り替え輸送で乗り換えるホームなどの情報が伝わらない限り、どう動けばよいか判断できない困難がつきまとう。
このような状況で頼りにしたい駅員も、混雑時だと全体的な対応に追われて個別配慮が難しくなる。そもそも手話が通じるかどうかという問題もある。駅員が常駐する改札口まで行けば筆談対応も期待できるが、こうした非常時の改札口には問い合わせや払い戻しの乗客が殺到し、長蛇の列になることが多い。障がいを持つ人に個別配慮したくてもできないのが現状だ。
兵庫県聴覚障がい者協会のろうあ者らで構成される「鉄道バリアフリー推進検討委員会」が数年前に実施した聴覚障がい者向けアンケート調査によると、約6割の人が「電車利用で不便を感じることがある」と答えた。実際に何に困ったかという問いに対しては、「遅延・停車時の情報不足で行動を決められない」という回答が最多。望むバリアフリー設備としては、「電光掲示板を含む情報の可視化」がもっとも多く、そのほか「コミュニケーション器具の設置」「駅員の常駐」「手話を理解するなど接遇改善」などが挙がっている。
駅によっては、電車の接近を点滅ランプで知らせたり、窓口に簡易筆談器を常備したりするなど、聴覚障がい者向けのバリア解消に積極的なところもある。一部にとどまらず、全体的に広げていけるかが今後の課題だ。
バリアフリー新法に問題あり?
2006年に制定された「バリアフリー新法」は、施設ごとに格差が生じないようバリアフリー化基準を統一するために作られた法律である。「どこでも、だれでも、自由に、使いやすく」というユニバーサルデザインを目標に掲げるが、最善を尽くした設計になっているのだろうか?
法律を管轄する国道交通省では、毎年、鉄道事業者からの報告をもとに、バリアフリー化の改善状況を公表している。平成29年の報告書には、「駅ホームの段差解消」「転落防止線および視覚障がい者用誘導ブロック」「障がい者対応トイレ」などの設置状況が鉄道会社ごとに表されている。もちろん、段差解消や点字ブロックの設置は重要であるが、電光掲示板や筆談器具の設置など、聴覚障がい者が改善を求めるバリアフリー化の記述がないのが気になるところだ。
2012年には、全日本ろうあ連盟が国土交通省に対し、聴覚障がい者のためのバリアフリーが不十分として、バリアフリー新法の改正を望む要望書を提出している。そのなかで連盟は、電車内外や駅構内における電光掲示板の表示改善、音声放送の文字化などを求めていた。
緊急の文字情報を流す電光掲示板の設置を全駅に普及させるにしても、莫大なコストがかかる。鉄道事業者だけにその負担を負わせるのは現実的ではない。国と自治体、事業者が連携していくためのスキームも必要ではないだろうか。
全国に先駆けた鳥取県の取り組み
バリアフリーは設備の設置といったハード面だけでなく、手話教育などソフト面からのアプローチも重要だ。それをわからせてくれるのが、鳥取県の取り組みである。鳥取県は全国初の「鳥取県手話言語条例」を制定した自治体として、国土交通省から表彰を受けた。県は手話施策を特に重視し、県民や事業者と協力しながら聴覚障がい者向けバリアフリーの普及を目指している。
駅・バスターミナルを含む県内9カ所には、職員がタブレットを使って聴覚障がい者と会話する「遠隔手話通訳サービス」が導入されている。遠隔操作システムでつながった手話通話者を介したコミュニケーションで、職員の発した声を文字情報に変換する「音声文字変換システム」も同時利用できる。またJR鳥取駅では、手話研修の実施や毎朝の点呼時に手話を10個覚える取り組みなどを通して、手話理解のための教育に励んでいる。
手話に通じた駅員が増えれば、いざというときのコミュニケーションに役立ち、行動の手助けともなる。しかも、大がかりな工事も必要なくローコストだ。鳥取県の取り組みが全国に広がれば、緊急時における情報障害もだいぶ改善されるのではないか。
冒頭でお伝えした『令和』発表のアクシデントに対して、新しい時代の幕開けにふさわしいという評判もあった。評判だけで終わらせないためには、政府・自治体・事業者の中身ある取り組みと、聴覚障がいに対する国民の理解が欠かせない。
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