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2019年03月26日
成蹊大学准教授の澁谷智子さんは、聞こえない親のもとに生まれた聞こえる子ども「コーダCODA Children of Deaf Adults」の研究者として知られています。福祉ではなく、異文化理解の視点からろう者独自の「日本手話」を学び、さらに聞こえない親たちと心を通わすコーダに関心を抱きました。コーダを知ることで、ろう者の世界も聴者の世界も、さらにおもしろく感じられるようになったと話します。
ふたつの文化を生きるコーダ
澁谷さんがコーダに関心を抱いたのは、大学の卒論を書くために読んだ「ろう文化」に関する特集雑誌がきっかけでした。
「ろう文化」を特集した臨時増刊号(1996年4月発行)
小学生の頃に手話サークルに通った経験のある澁谷さんは、それまで手話は日本語の付属物であり、自分が手話を学ぶのは“障害者”のためのボランティアだと思っていました。しかし、その特集雑誌の冒頭には、「ろう者とは、日本手話という、日本語と異なる言語を話す、言語的少数者である」とする「ろう文化宣言」が掲げられていました。
それは、ろう者を耳の聞こえない障害者という視点で見るのではなく、別の言語をもつ文化的少数者として見る、視点の転換でした。日本語の単語に手話を当てはめる「日本語対応手話」とは別に、ろう者の第一言語である「日本手話」というものがあり、それは「複雑で洗練された構造をもつ独自の言語である」といった記述も見られました。
澁谷さんは、それまでの手話に対する世界観が一変し、日本手話を知りたいと思うとともに、その特集雑誌で取り上げられていた、聞こえない親のもとで育つ「コーダ」に興味をもちました。
ろう者の聞こえない世界のことは、聴者である自分には、本当のところはよくわからない。しかし、聞こえる人でもあり、ろうの親のもとで育つコーダからは、その違いを示してもらえる可能性があると、澁谷さんは考えました。
コーダは家庭生活の中で、無意識のうちにろう者と共通する視覚言語や生活習慣を身につけていくところがあります。そのために、社会生活において周囲とズレが生じる場面も出てきます。澁谷さんは、そんなコーダの話を聞くことで、「ろう文化」と「聴文化」の違いにおもしろさを感じるとともに、ふたつの文化の間にいるコーダの葛藤についても知ることになりました。
澁谷さんは、2000年頃からコーダの聞き取り調査を行い、2009年には、その結果を『コーダの世界』という著作として発表しました。
コーダのさまざまな語りがまとめられている
視覚表現を大切にする生活体験
コーダは、音声言語が圧倒的な世界で、ろう者と共通した“視覚重視の世界”を経験する数少ない聴者です。ろうの親と暮らす中で、コーダは自然と視覚表現を大切にするコミュニケーションの仕方を身につけることになります。
手話で「おいしい」と表現するコーダの赤ちゃん
例えば、やりとりの際には、コーダは相手の顔をしっかりと見ることが習慣になります。聴者であれば、目線を合わせなくても、ときには背中を向け合っていても、話をすることは可能ですが、それでは聞こえない親とのコミュニケーションは成立しません。つねに視線を合わせ、表情を確認しながら話すことになります。そして、相手の言っていることにきちんとうなずいて、理解していることを示します。
澁谷さんがコーダとの交流を通じて感じるのは、視覚的に優れた表現力です。あるコーダは、「電車に乗り遅れたという状況を手話で表してみて」と澁谷さんに言われると、本人がホームに駆け込み、目の前で電車のドアが閉まって、悔しがるというところまでを、当たり前のように表現してくれたそうです。別のコーダは、自分の見た韓流ドラマの恋愛シーンを、恋人同士が近づく様子から、思いを語る際の“溜めの表情”の大写しまでを、臨場感たっぷりに再現してくれました。
さらに、澁谷さんは、コーダは映像を記憶する力も優れているのではないかと感じていて、「目で吸い取っていくかのように情景を記憶することがあるように思う」と話します。空中に指で書いた文字の軌跡が残像としてはっきりと見えると語ったコーダも、何人もいたそうです。
そのようなコーダの視覚的な認知能力の高さは、幼少の頃から視覚を通じて親とコミュニケーションを取ってきたことで培われたものではないかと考えられます。コーダの中には手話が苦手な人も少なくないのですが、たとえ手話ができないと本人は思っていても、視覚表現はコーダの認知の仕方と深く結びついていると、澁谷さんは感じています。
聴者は、ろう者の世界を、音のない静かなイメージでとらえがちですが、ろう者やコーダにしてみれば、視覚表現があふれるにぎやかな世界なのです。
コーダの“架け橋”としての可能性
コーダは、聴者とろう者の世界をつなぐ貴重な存在です。しかし、澁谷さんは、コーダが自身の魅力に気づくようになるのには、時間がかかると言います。コーダは障害のある親の元に生まれた子どもという目線で、特別視や同情をされることもあり、思春期には自分と他の子どもたちとの違いに敏感になり、自信をなくすこともあります。
また、コーダは、しばしば親と聴者の間をつなぐ役割を担わされます。否定的な経験が続くと、子どもでありながら大人をつなぐ立場になることに戸惑いや恥ずかしさを感じ、ろう者と聴者の間をつなぐどころか、親と距離を置くようになったり、手話で話すことを止めてしまったりするケースも見られるといいます。
しかし、成長過程において紆余曲折があったとしても、コーダにはふたつの文化の架け橋となれる潜在力があります。そのことを自覚するようになって、ろうの親との生活体験を個性として大切にする気持ちを芽生えさせ、大人になってから本格的に手話を学び直すコーダもいます。
澁谷さんが「コーダ」という言葉に初めて触れたという1990年代の中頃と比べると、現在はろう者の位置づけも、手話に対する意識も大きく変わってきました。ろう者にはろう者のコミュニティがあり、独自の言葉や文化があることや、手話は障害者を救済するための手段ではなく、独自の価値をもつ自然言語であることが、ようやく社会に浸透し始めています。そしてコーダの存在は、聞こえる人であっても、ろう文化の魅力を享受できる側面があることを教えてくれているような気がします。
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