毎日新聞 2019年1月18日
聴覚に障害を持つ三重県尾鷲市の今川竜二さん(32)が、
内科医として昨秋から尾鷲総合病院(同市上野町)で勤務を始めた。
患者の唇の動きで言葉を理解し、筆談を交えながらの診察は、
ほかの医師より倍の時間を要する。
一方で患者の顔を見てうなずき、笑顔で丁寧に接する姿は
「安心できる」と患者の信頼は厚い。
今川さんは「私は耳が聞こえないだけで、補う手段や方法はある。
症状や不安をしっかり聞いて理解し、患者さんに寄り添う医者になりたい」
と前を見据える。
【下村恵美】
スマートフォンと連動した聴診器を手にする今川竜二さん
=三重県尾鷲市の尾鷲総合病院で、下村恵美撮影
岡山市出身。生まれつき聴覚に障害があり、補聴器を使っても音の聞き分けが難しい。
3歳から、ろう学校で言葉を発声する口話訓練を受けた。
医師を目指したきっかけは3歳年上の兄が読んでいた手塚治虫の漫画
「ブラック・ジャック」だった。
主人公の「命に真摯(しんし)に向き合う姿」に小学生ながら心を打たれた。
中学3年の進路選択の際に「医師を志す」と決意した。
その直後、医師法が定める国家資格の欠格条項に「耳が聞こえない者」
とあることを知り、いったんは断念する。
ところが高校2年の夏に転機が訪れる。障害者に一律に免許を認めない
欠格条項が見直されたのだ。
2001年の医師法改正を知り、すぐさまインターネットで聴覚障害者の
支援体制が整った大学を検索した。
猛勉強の末、04年に筑波大に合格。夢への一歩を踏み出した。
大学は、NPOによる要約筆記サポートを活用するなどして
講義を理解しながら13年に卒業。
研修医を経て、昨年10月から尾鷲総合病院で勤務を始めた。
同病院は今川さんの採用を受け、診察の新たなルールを設け、
消防署や他の病院にも協力を求めた。
通常、患者の搬送を巡るやりとりは電話が中心だが、今川さんの診察の場合は、
症状などを記した紙を併用。
看護師が意思疎通をフォローする。
こうした仕組みにより当直業務も1人で担当する。
スマホアプリの「聴診器」も活用
聴診器が使えないハンディキャップは、心臓超音波検査(心エコー)
で補っていたが、最近はアプリに連動しスマートフォンの画面で
波動が確認できる聴診器を活用する。
「エコーの手配より時間短縮になる」と喜ぶ一方で、
「細部の振動がわからないこともある」と注意は怠らない。
厚生労働省が16年に実施した調査では、障害者手帳を持つ聴覚障害者は約29万7000人。
今川さんが所属する「聴覚障害をもつ医療従事者の会」の代表で、
自身も障害を持ちながらリハビリテーションの専門医として働く関口麻理子さん(49)は
「知る限りでは20人余の聴覚障害を持つ医師が活躍している。
障害者が働ける職場が増えることを期待している」とコメントする。
今川さんは自身の体験から、障害者が病院で病状を伝えるのは難しく、
そうした人たちの役に立ちたいとの思いも強まっている。
「聞こえない分を目や手の感覚に置き換えれば、できることはたくさんある」
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