産経ニュース 2018.11.29
【悼-いたむ-】
俳優・穂積隆信さん
芝居が心のよりどころ
「どうぞ来年もひとつ、よろしくお願いします」
今年2月、「手話劇団は~とふる・はんど」の公演を終えた穂積隆信さんは
元気な笑顔で劇団員にあいさつして劇場を後にした。
これが最後の舞台になった。
昭和6年、静岡県に生まれ、高校を卒業後、上京して俳優座養成所に入る。
36年には劇団「新劇場」を創設。
舞台のかたわら、海外ドラマの吹き替えや青春ドラマの教頭先生役などで、
お茶の間に親しまれる存在になっていった。
渋い脇役だった穂積さんが脚光を浴びることになったのは、57年のことだ。
非行に走った中学生の娘との葛藤の日々をつづった手記「積木くずし」を出版すると、
約300万部の大ベストセラーになる。
講演や執筆の依頼が殺到し、58年にドラマ化されたTBSのテレビ番組は、
最終回の視聴率が45・3%(ビデオリサーチ調べ、関東地区)と、今も
民放の連続ドラマでは歴代最高を誇る。
だが非行から立ち直ったはずの娘は、覚醒剤使用などで3度も逮捕され、
自身も多額の借金を抱えた。
娘は平成15年に35歳で亡くなり、再々婚した妻も脳梗塞で倒れ、
7年にわたる介護の末、昨年2月に死別した。
波瀾万丈(はらんばんじょう)の人生の中、心のよりどころはやはり芝居だった。
中でも耳の聞こえない人が健聴者とともに手話で演じる
「は~とふる・はんど」の公演は16年前の第1回から毎年出演してきた。
劇団主宰で演出も手がける山辺ユリコさん(58)によると、
穂積さんは手話はできなくても、大きな身ぶり手ぶりで
芝居を引っ張ってくれたという。
「誰よりも台本を覚えるのが早く、劇団員のお手本だった。
みんな穂積さんのことが大好きでした」
穂積さんがかわいがっていた劇団員の一人に大滝康史(こうじ)さん(44)がいる。
聴覚に知的障害も抱える大滝さんは人見知りが激しかったが、
「こうちゃん、こうちゃん」と自然に接してくれる穂積さんに、いつもニコニコと応じていた。
大滝さんの姉で劇団員の山口陽子さん(58)は
「公演のたびに穂積さんと過ごすことを、とっても楽しみにしていたのですが」
と、来年は不在となる寂しさを代弁した。
(藤井克郎)
◇ 10月19日、87歳で死去
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