命つないだ民間「電話リレーサービス」

毎日新聞  2018年11月24日


インターネットでつながった利用者と手話でやり取りするオペレーター=プラスヴォイス提供


 岐阜、長野県境の奥穂高岳で10月下旬、聴覚障害がある50代の男女3人が遭難し、

手話や文字で通話できる民間の「電話リレーサービス」を使って警察に救助を要請していた。


 女性1人が亡くなったが、助かった男性は「要請できなければ全員死んでいたかも」と振り返る。

国内には24時間対応できるリレーサービスがなく、障害者団体は

「いつでも緊急通報できる環境を国が整備すべきだ」と訴える。

【谷本仁美】


「119番してほしい」。

10月20日午後5時半ごろ、愛知県の男性はスマートフォンの画面越しに、

電話リレーサービスを請け負う「プラスヴォイス」(仙台市)のオペレーターに手話で訴えた。


 男性を含む3人は穂高岳近くの山荘を目指していたが、積雪と強風と

寒さで身動きが取れなくなっていた。


  本来、リレーサービスは「誤訳」した場合の責任などの問題から、緊急通報は受け付けていない。

しかし、過去にこうした依頼に応じて救命につながったケースもあり、

オペレーターは人命を優先して警察に通報。


 通信状態は悪かったが、文字入力を使って状況を聞き

「明朝6時にヘリコプターが向かうのでスマホの電源を切り、その場から動かないように」

と警察からの指示を伝えた。 


 3人がいたのは人がすれ違うのも難しい切り立った斜面で、

風よけができる場所を見つけて朝を待った。

衰弱した女性は助からなかったが、男性2人はヘリで救助された。


 プラスヴォイスを含めた国内の事業者は、いずれも人繰りなどの問題で夜間は対応していない。

男性は毎日新聞の取材に、防寒対策などが足りなかったことを悔やみつつ

「利用時間外であれば救助を呼べず、全員が死んでいたかもしれない。

聞こえる人と同じように、ろう者も24時間緊急通報できるようになるといい」と話した。


  電話リレーサービスの普及に取り組んでいる日本財団によると、日本を除く

主要7カ国(G7)のほか、韓国、タイ、エジプト、コロンビアなど

計25カ国では同サービスが公的なインフラとして整備されている。


 全日本ろうあ連盟は総務省に24時間対応可能なサービスの制度化の要望を

続けているが、具体的な動きはないという。  


 同連盟理事の小椋武夫さんは「手話は独自の文法を持つため、メールなど

文字でのやり取りが苦手な聴覚障害者もおり、緊急時に十分な説明ができない可能性がある。

また、手話は個人差が大きく、表情なども重要な要素なので、人工知能を使った今の技術でも

正しく認識できる水準にない。通訳者が入るリレーサービスへの期待は高く、国に整備を求めたい」

と訴える。


電話リレーサービス  

 聴覚障害者と通訳者をインターネット、通訳者と相手を電話で結び、

手話が分からない人とも話ができるサービス。


 日本財団が2013年からモデルプロジェクトを始め、利用者は専用サイトから

事業者(民間3社と12自治体の聴覚障害者情報センター)と

「手話か文字か」を選び、通訳のオペレーターを介して電話先の相手と会話する。

今年6月現在の利用登録者は約7500人。

電話リレーサービスの仕組み


国のシステム「動画取り入れは難しい」  

 聴覚障害者の救助要請などのため国が普及を図っているのが

「NET119 緊急通報システム」だ。


 スマートフォンなどで表示画面をタッチすると、最寄りの消防署の

パソコンにつながり、文字入力でチャットができる。

住所や名前は、あらかじめ登録しておく。 


 6月時点で導入している消防本部は全国の約2割の142本部。総務省消防庁は

2020年までの100%導入を目指し、今年度から交付税による財政支援も始めた。


 だが、今回遭難事故が起きた奥穂高岳のある長野、岐阜両県内では

採用されておらず、救助された男性もシステムを知らなかったという。


  聴覚障害者の間では、電話リレーサービスのように慣れている手話での対応を望む声も強い。

だが、同庁防災情報室は

「災害時の電波状況などを考えると動画を取り入れるのは難しい」

と消極的だ。  




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