西日本新聞 2018年10月28日
娘の難聴分かっていれば…小5で判明、
遅れた療育 新生児検査「異常なし」に盲点
「小学5年の娘が、最近になって難聴だと分かりました」。
福岡県内のゆり子さん(30代、仮名)から、無料通信アプリLINE(ライン)を通じて
特命取材班に相談が寄せられた。
生後間もなく、耳の聞こえを調べる新生児聴覚スクリーニング検査を
受けた際は「異常はなかった」という。
どういうことか。
■小5で判明、遅れた療育
「2歳になっても全くしゃべらなかった」というゆり子さんの娘。
名前を呼んでも反応がなかったという。
「新生児聴覚検査では異常なしだったし、娘の背後で物音を立てると振り向くので
『やっぱり聞こえてる』と思っていた」。
保育士や言語聴覚士などに相談したところ、知的障害の疑いを指摘された。
知的障害の特別支援学校に入学した後、病院に足を運んだものの、
医師の見解は「言葉が出ないのは知的障害のためでしょう」。
ゆり子さんはその言葉を受け止めるしかなかった。
娘が小学5年になった今年、担任教諭から
「耳が聞こえていないと思う。口元を見ている」と指摘された。
聴覚のありとあらゆる検査を受けようと決心し、やっと、
難聴の一種「オーディトリー・ニューロパチー」であると分かった。
加我君孝東大名誉教授によると
「音自体は聞こえるが、不明瞭に聞こえるため、言葉として聞き取ることができない」
のが特徴という。
なぜ、新生児聴覚検査で分からなかったのか。
新生児聴覚検査は、自動ABR(自動聴性脳幹反応)とOAE(耳音響放射)の2種類。
加我名誉教授は「オーディトリー・ニューロパチーはOAEだと正常と出る。
『何も悪くない』と言われやすいが、断言しては駄目なんです」。
OAE(耳音響放射)方式で受けたゆり子さんの娘の聴覚検査結果。
上が左耳、下が右耳の結果で、「PASS」(パス)とあるのは、異常なしという意味
(写真の一部を加工しています)
OAEで調べられるのは内耳まで。
一方、自動ABRは内耳と聴神経を同時に調べることができるため、検査に引っ掛かるという。
ゆり子さんの娘はOAEを受けていた。
厚生労働省は既に、都道府県などに対し「検査は自動ABRで実施することが望ましい」
と呼び掛けている。
日本耳鼻咽喉科学会も同様に推奨しているが、自動ABRの検査機器は約250万円。
OAEは約100万円強で、検査がより短時間で済むことなどから、普及が進んでいない。
大分県によると、同県内の検査実施施設のほとんどはOAEを採用し、
福岡県では分娩(ぶんべん)を扱う診療所88施設の約半数はOAEという。
長崎県では、2016年度に同県で生まれて検査を受けた新生児9848人のうち、
約4人に1人がOAEを受けている。
今まで知的障害児として教育をしていた娘に、手話を教え始めたというゆり子さん。
みるみる上達する娘を見ていると「知的障害の程度は、実は軽かったのではないか」
「自動ABRを受けられていたら、今ごろ話せていたかもしれない」と思わずにいられない。
九州大医学部耳鼻咽喉科の中川尚志教授は「適切な時期に適切な介入をしていれば、
二次的な知的障害が防げ、障害が今より軽減されていた可能性がある」と話す。
「障害は不便だけど不幸じゃない。けれど、周りの大人が
不便に気付いてあげられないのは、子どもにとって不幸ではないでしょうか」
とゆり子さん。
自動ABRの普及とともに、親や医師、教育関係者ら子どもに関わる全ての大人に、
この難聴を広く知ってもらうことが願いだ。
◆オーディトリー・ニューロパチー
1996年に論文発表された「新しい難聴」。
九州大医学部耳鼻咽喉科の中川尚志教授によると、通常、空気の振動である音は
鼓膜で受け止められ、内耳にある有毛細胞で電気信号に変換。
信号は有毛細胞からシナプスを介して聴神経で運ばれて脳に伝わり、
言葉として認識できる。
オーディトリー・ニューロパチーの場合、内耳までは正常だが、
有毛細胞から聴神経に信号の伝達がされない、もしくは聴神経がうまく機能せず、
信号が十分運ばれないことが原因とみられる。
「1000人に1、2人とされる先天性難聴の5%程度」とする海外文献もある。
=2018/10/28付 西日本新聞朝刊=
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