朝日新聞デジタル 2018年10月9日
アプリで支援、個性を重視…
障害者積極雇用の企業は今
官公庁で相次いで発覚した障害者雇用数の水増し問題。
一方、民間では障害がある人を積極的に採用している会社もある。
障害に合わせて環境に配慮したり、個人の特性を生かしたりして、
障害のあるなしに関わらず、ともに働く職場を作り上げていた。
難聴の社員 アプリで支援
東京都中野区の飲料大手キリン本社。
生まれつき聴覚障害がある田中碧(みどり)さん(29)は、
向かい合った相手の口元に目を凝らす。
同僚から相談を持ちかけられるキリンの田中碧(みどり)さん(右)
=9月11日午後0時4分、東京都中野区、佐藤英彬撮影
田中さんは、同社の公式ツイッターなどのSNSを使って商品の情報発信を担う
「ソーシャルチーム」にいる。
マーケティング担当者から相談を持ちかけられ、一瞬思案した後に田中さんはこう返した。
「このあとソーシャルチームで打ち合わせします。改めて商品情報をくれませんか?」
聴力は両耳とも高度の難聴で、補聴器を付けないと間近で人に話しかけられても聞こえない。
だが、口元の動きを見れば話の内容はおおむね分かる。
返答がはっきりしないこともあるが、上司の山本裕之さん(51)は
「ハンディキャップは知った上でチームとして一緒にやってきた。
障害について特別意識はしていない」と話す。
田中さんは入社6年目。大人数の会議への参加は苦手だった。
だが、音声情報を文字表示するスマートフォンやタブレット端末向けの
アプリの導入を会社に提案し、昨年に実現した。今では会議の運営も担う。
「耳が聞こえない中でソーシャルチームの業務もチャレンジだった。
それを認めてくれる環境が会社にある」と田中さんは話す。
キリンでは、傘下のメルシャンなど4社を合わせた障害者の雇用率は
2・20%(6月現在)で、国が定める目標値を達成している。
精神障害や知的障害がある人もいる。
社内で障害者雇用を担当する岩間勇気・多様性推進室長(40)は
「障害者だから対応が難しいので排除するのではなく、配慮する。
社員としての期待は健常者と変わりません」。
知的障害 個性を重視
愛知県豊明市の資源リサイクル会社「中西」は、障害のある人を
「パートナー社員」として雇用し、その個性を重視している。
資源リサイクル会社「中西」の作業場でベルトコンベヤーで流れてくる空きビンを色ごとに分別していく知的障害のある男性従業員=9月6日午前11時0分、愛知県豊明市、斉藤佑介撮影
作業場では周辺自治体で回収されたビンが、ベルトコンベヤーで流れてくる。
障害のある男性社員5人が、ごみを取り除きながら手際よく茶や緑のビンを仕分ける。
別の場所では工具を使ってノートパソコンを分解する男性社員がいた。
「彼は徹底したこだわりを持つ性格。求める以上に細かく解体してくれる。
本人の持ち味にあわせて仕事を任せています」と笠原尚志社長(65)は話す。
資源リサイクル会社「中西」の作業場でパソコンを分解して集積回路を取り出す男性従業員。細かい作業が得意といい、障害の特性にあわせて作業を分担している=9月6日午前11時5分、愛知県豊明市、斉藤佑介撮影
従業員63人のうち、障害者は21~50歳の30人。知的障害がある人が大半だ。
午前8時半~午後4時半で働く。同社は30年前から障害者採用に乗り出した。
コミュニケーションが苦手なパートナー社員には、指導する社員が
言い回しを変えるなど工夫している。「共に育む『共育』という言葉が好き。
お互い、学びあっている」と笠原社長は言う。
昼休憩の時、勤続27年のパートナー社員の男性(43)に笠原社長が尋ねた。
「いつまで働きたい?」 男性は笑顔で言った。
「70歳まで働きたい。仕事、楽しいから」 「障害者による障害者のための会社」を目指し、
起業した会社もある。
福祉用具の販売・レンタルの大手、アビリティーズ・ケアネット(本社・東京都渋谷区)だ。
創業者で社長の伊東弘泰さん(76)は1歳の時にポリオ(小児まひ)にかかり、
両脚のまひとともに生きてきた。
アビリティーズ・ケアネットの伊東弘泰社長
=9月7日午後1時13分、東京都渋谷区、佐藤英彬撮影
障害を理由に採用を断られた経験などから、24歳の時に一念発起して起業した。
障害者中心の6人でスタートしたが、今では全国に支店を構え、9月現在で
契約やパート社員を含む従業員は計949人。
このうち37人に障害があり、雇用率は6・87%(6月現在)となっている。
伊東社長は「何が得意なのか、というところから障害者を見れば、その人は会社で活躍する。
体に障害はあっても、それが仕事の障害にはならない」と話した。
「行政、率先してモデルを」
公的機関で8月下旬以降、相次いで発覚した障害者雇用数の水増し。
中央省庁の33機関では27機関の計3400人超に上った。
「『水増し』という生やさしいものではない。これは『偽装』だ」。
NPO法人「わっぱの会」(名古屋市)の斎藤縣三代表は、中央省庁による
障害者雇用数の水増しを厳しく批判する。
斎藤さんは長年、健常者と障害者が共に暮らし、共に働く場を地域に生み出してきた。
障害者120人が働き、無添加・国産小麦にこだわったパンや弁当の製造のほか、
障害者の就労援助などもしている。
1976年以降、努力目標だった身体障害者の雇用は法的義務となり、
その後、知的障害者も対象になった。
「民間は厳しいチェックを受け、罰則も受けてきた。それは役所がルールを守っていることが
前提だった。42年間だまし、障害者の働く機会を奪った罪は重い」
障害者が働く社会とは、誰もが自分らしく元気に生きられる社会だと考える。
「効率で障害者を見ないでほしい。行政が広く障害者を雇い入れ、率先してモデルを示すべきだ」
(佐藤英彬、斉藤佑介)
<障害者の法定雇用率>
国や企業などの従業員数に占める障害者の割合。障害がある人たちの働く機会を保障するため、障害者雇用促進法に基づき国や地方自治体は2・5%、企業が2・2%の雇用を義務づけられている。従業員45・5人以上の民間企業が対象で、従業員100人超の企業が未達成の場合、不足1人につき月5万円を国に納めなければならない。厚生労働省によると、昨年6月現在で対象となった民間企業全体の雇用率は1・97%で、雇用者は計約49万6千人だった。
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