AERA dot. (アエラドット) 2018.9.28
誤解からバカにされ、失望され…
障がい者雇用の厳しい現実
中央省庁などで障がい者の雇用数が水増しされていた問題。チェック体制の甘さなど
様々な問題が指摘されているが、そもそも障がい者が社会に出て働くことについての
理解は進んでいるのだろうか。
『ろう者の祈り』の著者・中島隆さんが、ろう者の人々が耳の聞こえないことで直面する
現実がいかに厳しいかを、手話通訳士で日本語教師でもある鈴木隆子さんに聞いた。
『ろう者の祈り』(小社刊)にも登場する鈴木隆子さん。東京・久我山でテンダー手話&日本語教室を主宰。手話通訳士。日本語教師(日本語教育能力検定試験合格)。手話教室のほか、聞こえない人のための「手話で行う日本語講座」も開講。全国から受講者が集まる。(撮影/写真部・小原雄輝)
ろう者の祈り 心の声に気づいてほしい
中島隆
そのむかし、ろう者の仕事というと、歯科技工、印刷、和裁、洋裁、理容業などに限られていた。
けれど、最近は企業が事務職として採用することが増えている。
法律で決められた障がい者の雇用率をクリアするためだ。
従業員50人に1人以上、障がい者を雇わなくてはならないことになっているのだ。
ここで、いくつかの用語について説明しておこう。まずは「ろう者」。
これは、生まれつき耳が聞こえない方、または、幼いころの病気などで聞こえなくなった方のこと。
「聴覚障がい者」というと、聞こえずらい「難聴」や大きくなってから聴力を失った「途中失聴者」
の方も含まれる。
日本で暮らす聴覚障がい者はおよそ35万人、
そのうち、ろう者は6~7万人とされている。
一方、耳が聞こえる人たちについては、「聴者」または「健聴者」といった言い方がある。
ここでは、聴者と表現する。
ところで、雇いやすい障がい者は、どういう人だろうか。
ろう者は、視覚障がいがある人にくらべて、いろいろできるだろう。
ろう者は、車椅子でがんばる人より雇いやすいだろう。なぜなら、バリアフリーの工事がいらない。
だから、ろう者を事務職として採用する企業が増えている。
鈴木隆子さんの言葉に、熱がこもる。 「でも、人事担当者は、
採用したろう者の書いた文章を見て、失望します。ああ、自分は出来の悪いろう者を
採用してしまった、と。それは、まったくの誤解なんです」
ろう者がふだん使っている母語は、手話である。文法も語彙も、
そして語順も、日本語とはまったくちがう。ろう者にとって、
日本語はいわば第2言語なのだ。
「ろう者のみなさんが日本語が苦手だったとしても当然なんです。
その人の能力が低いからではないんです」
鈴木さんのところに、ろう者から文章の添削をしてほしいという依頼が、
つぎつぎに舞い込んでくる。なぜか。それは、職場で、こいつは使えない、
と判断されたくないからだ。昇級や昇進にかかわる切実な問題である。
「聞こえるみなさんは、日本語を、文法を意識して使っていません。
そんなことができるのは、なぜですか?」
自然に身についているからだろうか……。
「そうなんです。聞こえる方は、生まれてからずっと、日本語の会話を聞いています。
だから、自然に身につくんです」
鈴木さんの説明がつづく。
赤ちゃんが生まれてからの3年間は、言語獲得期といわれる。その3年間で、
聞こえる人は、日本語の会話を、およそ1万5千時間も聞くとされている。
勉強しているのではなく、自然に耳から日本語が入ってくる。
それによって、日本語という言語の基礎が身につく。
ところが、ろう者は、違う。生まれたときから聞こえないか、
生まれてから3年間の言語獲得期に聴力を失ったわけだから、3年間、
あわせて1万5千時間におよぶ日本語シャワーを経験できないのだ。
職場では、文章以外にも、こんなことが起こりうる。ある会社で、聴者の女性が、
こう言った。 「この資料をパソコンに入力しなくてはならないんだけど、
きょうは用事があってできないの。だれか代わりに入力してくれるとうれしいんだけど」
隣にいた聴覚障がい者は、補聴器をつければある程度、音が聞き取れた。
だから、女性が何を言っているのかがわかり、そしてこう思った。
<そうか、だれかがやってくれたら、先輩はうれしいんだわ>
翌日、その先輩から怒られた。 「あなた、なぜ入力しておいてくれなかったの!」
何が起こったのだろうか。鈴木さんはこう解説する。
「『~してくれるとうれしいんだけど』は、丁寧な依頼の表現ですね。
『~してもらえると助かる』も、同じです。
でも、聞こえない方々には、それがわかりにくい。
うれしいんだ、助かるんだ、という自分の気持ちを
言っただけなんだ、と思ってしまうんです」
鈴木さんは、ある大企業で聴覚障がい者の日本語研修を頼まれたとき、
この「丁寧な依頼」の話をしたことがある。
「入力してくれるとうれしいんだけど」が丁寧な依頼だとわかったのは、16人中5人だった。
日本語は、はっきり言わない言語なのである。
「裏の意味も察してほしいという言語です。聞こえる人たちはできるんです。
こういう場合はこういう表現をするんだ、というのを。たくさん聞いていますから」
しかし、日本語が母語でないと、あいまいな表現の理解は難しい。
なのに、ろう者のみなさんは、聴者ばかりの職場で、第2言語である日本語が
すこし変というだけでバカにされている。能力が低いと、見下されているのだ。
2016年4月、「障害者差別解消法(障害を理由とする差別の解消の推進に関する法律)」
が施行された。また、多くの自治体で、「手話言語条例」ができている。
手話の普及をすすめることで、ろう者と聴者が共生する社会をめざすものである。
でも、けれど、なのに。鈴木さんは、心のなかでこうつぶやく。
<社会は、なーーんにも変わっていない>
そんな現実を、鈴木さんはまざまざと目にしてきた。
0コメント