「ろう者の映画参入」多様性社会推進の呼び水に

産経ニュース  2018.9.22


「ろう者の映画参入」 

手話は言語であり特有の文化 

多様性社会推進の呼び水に


 力強い指先から響くような叫び…。音のない世界に生き、

手話を言語とする「ろう者」の映画進出が世界的な潮流になっている。

日・伊・米で制作されたろう者による初のアクション映画が公開される一方、

フランスのろうコミュニティーに迫ったドキュメンタリー映画のロードショーが

この秋、東京で始まる。聞こえる人も見てみたら? 

すぐ隣にある異文化に目を開き、

素のままで生きることの尊厳を考えさせてくれる。

(重松明子)


繊細に、ある時は暴力的に繰り出される手話。エロティックなシーンも…。 

  ろう者のイタリア人、エミリオ・インソレラ監督(39)が

主演もつとめる映画「サインジーン」が14日、都内のイタリア文化会館で上映された。

雨のなか定員の2倍の希望者が殺到。370人がスクリーンに見入った。 


 手話により超能力を発揮する「突然変異遺伝子」を持つヒーローが暗躍する、

とっぴなストーリーに緊迫のアクション。未解決事件の捜査に挑む調査官、ナニワ(大阪)の

闇社会の帝王など、メーンキャストはいずれもろうの俳優だ。 


 「聴者がろう者を描いた映画には誤解が多い。手話は視覚の言語。

私たちの目を通して見える世界を正確に伝えたかった」とエミリオ監督。

 そして、「聴者が私たちの文化を理解してくれたときに社会に優しさが生まれ、

全ての人に均等な道が開ける」 

  映画に込めた思いや期待を書面による取材で語った。


 同館と自動車メーカーのアルファロメオが、「すべての人々が自分らしく輝ける、

多様性社会の実現」を目指す催しの一環として上映した。


  手指や顔の動きで言葉を表し、情報の大半を視覚で得るろう者は、

もともと動画との親和性が高い。  


 「デジタル技術の進展により映像制作に参入するろう者が増え、

ろう映画祭も欧米やアジアで活発化している。ユーチューブへの投稿も含め、

自らの手話でメッセージを直に発信できるようになりました。

『サインジーン』は今の時代を象徴する映画だと思う」


 そんな感想を手話で語る牧原依里さん(31)もまた、ろう者の映画監督だ。

  ろう者の両親のもと幼少期から字幕付き海外映画に親しみ、映像の世界に進んだ。

音のない音楽映画「LISTEN リッスン」(平成28年公開)

など実験的映像にも挑戦している。


  彼女はこのほど、フランスのろう社会を描いた「ヴァンサンへの手紙」

(レティシア・カートン監督)を買い付け、10月13日、

アップリンク渋谷(東京都渋谷区)で始まる全国公開を実現させる。


  レティシア監督は聴者だが、ろう者の世界に興味を持って手話を覚えた女性。

親友になったろう者でゲイの男性(ヴァンサン)が自ら命を絶った理由を問い続け、

ろうのコミュニティーに入り込んだ10年間の映像記録を映画化した。 


「この映画を見たとき、ヴァンサンは私だと、涙が止まらなかった」

と牧原さん。

美しい手話表現も印象的だ。映画「ヴァンサンへの手紙」(C)Kal?o Films


 聞こえないことを否定され、聞こえない音声を特訓により発声させる「口話教育」で育ち、

自分は何者なのかと悩んだヴァンサンの境遇は世界共通という。


 1880年の国際ろう教育者会議で「手話法は口話法より劣っている」と採択されて以来、

2010年に撤回されるまで130年間にも渡って、公に手話を奪われた怒りが

映画の根底に流れている。


「耳が聞こえないからって、それが何?」
「耳が聞こえないことは聴者が思うような障害ではなく、ひとつの生き方、

特有の文化である」

との視点が貫かれ、モントリオール映画祭など数々の映画祭で高い支持を得ている。


  牧原さんは大学入学時に友達を作りたくて入った手話サークルで、

「一人でいる以上の孤独を感じた」という。

ろう者に通じない手話を使って、パフォーマンスに利用しているような聴者にも

違和感を覚えるという。  


「この映画はろう者だけの問題を表しているのではない。

他者に理解してもらえず孤独を抱える人、

コミュニケーションやアイデンティティーに悩む人、

生きづらさを感じるすべての人に通じるテーマです」

と牧原さん。


 人と違うことを恐れなければならない、少数派が生きにくい社会は誰にとっても窮屈だ。

ろう者の映画が投じた一石が、あらゆる人に寛容な世の中へとつながってゆけばいい。






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