文春オンライン 2018/09/19
「おとうさんは聞こえないなー」
耳の聞こえない父親は、
聞こえる子どもとどう接するか
著者は語る 『異なり記念日』(齋藤陽道 著)
『異なり記念日』(齋藤陽道 著)
耳の聞こえない写真家の齋藤陽道さんが、書き下ろしの著書を刊行した。
妻と子供の3人家族で暮らす日常の中、見聞きし、感じたことが率直な言葉で綴られている。
「人生でこんなに長い文章を書いたことがなかったので、正直大変でした(笑)。
自分が『聞こえない』ということで、なにが伝わって、なにが伝わらないのかについては、
これまでの人生でもずっと考えてきたことです。それが子との生活を通じて
具体的な形で整理できました」
ある日、齋藤さんは、ぐずる我が子をあやすために外へ出る。
散歩の道すがら、めったに出さない声をつかって子供に語りかけてみる。
やがてそれは、自分が聞いたこともなく、これまで一度も歌ったことのない「子守唄」へと変わる。
そして齋藤さんは「これが歌か!」と実感する。耳の聞こえる人間には想像するのも難しい
「発見」が本書にはあふれている。
「子供からは考えてもみなかった発見をたくさんもらっています。
息子は『聞こえる』ので、僕とは違う感覚をもっている存在なわけです。
その隔たりをどうしたらいいんだろうとぐるぐる考えているうちに、
いろんな発見や気づきが、ふとギフトのようにもたらされるんです。
自分と息子の“異なり”を意識した上で、この子になにができるのか。
そこからこの本の文章がはじまっています」
ハッとするような発見をもたらしてくれる子供への敬意から、
齋藤さんは自分の子供のことを「さん」づけで呼ぶ。
「小さいものや言葉なきものを『赤ちゃんだから』『子供だから』とみなして
侮ることに前々から抵抗を感じていました。
それは、この社会でマイノリティである自分自身にそっくりそのまま返ってきてしまうからです。
ものを言わない存在ほど、豊かなものを抱えているんじゃないか、そんな思いがあるんですよね。
まだ子供は不満を言うようなことはないですが、飛行機や花火の音を聞いて
『音が聞こえたね!』と喜びを共有しようとすることがあります。
僕は音がわからないし、わかったふりをしたくはないので、
『おとうさんは聞こえないなー』と言うと子供は一瞬固まります。
そんなとき、今この人は何を感じているんだろうと考えては、胸がチクッとしますね」
聞こえないからこそ気づくことがある――こんな手垢にまみれた言い回しも、
本書を読めば、真実であることがわかる。
さいとうはるみち/1983年、東京都生まれ。写真家。都立石神井ろう学校卒業。障害者のプロレス団体「ドッグレッグス」所属のレスラーでもある。2010年、写真新世紀優秀賞受賞。写真集に『感動』『写訳 春と修羅』など。本書と同時期に『声めぐり』も刊行された。
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