滋賀・聾話学校卒業生の戦争体験

京都新聞  平成30年8月27日


手話禁止、苦しい思い 

滋賀・聾話学校卒業生の戦争体験


 滋賀県立聾(ろう)話学校の卒業生が幼少期の戦争体験や

思い出を語る学習会が25日、草津市大路2丁目の

県立聴覚障害者センターであった。


 耳が聞こえない70~90代の5人が手話や絵を使って

戦時下の苦労や暮らしぶりを紹介した。


   堀長左衛門さんは、空腹を満たすためカエルやマムシを

捕まえた様子や、聾話学校内の防空壕(ごう)に

逃げ込む様子を描いた自作の絵を披露した。


 「戦闘機が見えると山の中に隠れ、去るとすぐに畑に戻って作業した」

と振り返った。


  学校ではチャイムの代わりに太鼓をたたき、空襲警報が鳴った時も

太鼓による空気の振動を感じて避難した。

自作の絵を基に体験を語る堀さん(草津市大路2丁目・県立聴覚障害者センター)


 徳田千鶴子さんは防空壕で不安と退屈さに襲われながら過ごしたといい

「いったコメを、音がしないよう一粒ずつ食べた」と話した。


  当時、相手の口元を見て会話を理解する口話教育が進められたため

手話が禁止され、苦しい思いをしたことも語り合った。


 夏原太治男さんは「手話は救いの母」と語り、

手話への理解が一層深まる社会を願った。


 学習会は県手話通訳問題研究会の主催で、

約50人が参加した。




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