毎日新聞 2018年7月28日
利用者との意思疎通
「指筆談」広がりの兆し
横浜市内に仮園舎を置く障害者施設「津久井やまゆり園」で
重い障害がある利用者との意思疎通を問い直す動きが出ている。
職員の一人は、利用者が動かす指やペンの僅かな動きを
手を添えて通訳する「筆談」に可能性を見いだす。
筆談を支援の枠組みに取り入れる動きはまだないが
園内では活動に共感も広がっている。
6月、利用者とグループホーム(GH)の見学に行った帰りのバスの車中
ある女性職員は女性利用者の隣に座り、優しく手を引き寄せた。
「(GHの)イメージが変わった。いい印象でした」。
外出中の車内で入所者の手を握って指筆談をする職員=津久井やまゆり園提供
利用者の指がたどる筆跡を手のひらに感じた。
見学は今後の暮らしのあり方を決めていく「意思決定支援」の一環でもあった。
女性職員が試したのは「指筆談」と呼ばれる手法で
取り組んで4年ほどになる。
国学院大の柴田保之教授が当事者同士の指筆談による交流会を開いていることを知り
園の利用者や職員と一緒に参加した。
柴田教授が重度障害を抱える人たちの手を取り、雄弁に通訳をしていく。
同行した利用者は当初、部屋にも入りたがらなかったが
指筆談で「思いをくみ取ってくれるんだ」と通訳され、状態も落ち着いていった。
女性職員は「頭が大混乱。衝撃だった」と話す。
筆談や指筆談には、科学的根拠に乏しいと批判する声もある。
女性職員も懐疑的だったが、集中的に習い始めた。
最初は「あ」の書き方から始まり、平仮名を理解すると
今度は「いちご」「みかん」など選択肢を増やした。
手のひらに集中させる作業に神経をすり減らす日々。
1カ月目には白紙の状態から単語を理解できる手応えを得た。
不安もあるが、支援の姿勢が変わったと感じている。
利用者に語りかけることが自然と増え、僅かな表情や視線にも注目するようになった。
ある利用者の手を取ると、「自分は嫌われているのかも」と
手のひらでうち明けてくれた。
「そんなことないよ!」。大きな誤解だった。
忘れかけていたごく当たり前の意思疎通を取り戻した気がした。
昨秋、同じく指筆談に取り組む同僚と、園職員を前に共同発表した。
タイトルは「『言えない気持ち』に手を添える」。
「利用者は私たちを見ている」と伝えたかった。
発表を聞いた入倉かおる園長は、支援のあり方を考えさせられたという。
自らもGHで暮らす寡黙な利用者と、絵や文字を通じて交流を続けている。
入倉さんは「利用者の気持ちをどうくみ取るか
職員は地道に取り組んでいる」と話す。
【堀和彦】
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